2015.08.14更新
恋人と過ごす初めてのクリスマスに向けて、ヒナタはとても楽しみな反面、そわそわと、どうにも落ち着かない日々を送っていた。
ネジと最後に会ったのは、十一月もそろそろ終わろりに差し掛かろうかという頃だった。それまでは週に一度か、幾ら空いても月に二度は顔を合わせていたというのに、受験生の彼の本番が差し迫ってきた今、あまり頻繁に会うのは自粛しようと、次の約束は約一ヶ月先の、クリスマスイブまで空いてしまった。
初めての甘い恋についのめり込んでしまって、ヒナタは自分のすべきことが少々疎かになっていた。彼に会えない今はいい機会だと、高校を卒業してからの進路について、ネジのように明確な行き先を見出そうと、ゆっくりと向き合い始めていた。自分に出来ることとしたいこと、なりたいものをしっかりと思い描いて、いつか憧れの彼のように、ぴんと胸を張って夢を語れる人になりたいと、毎日のように思い巡らせていた。
しかしてヒナタが辿り着いた答えは、栄養学への道だった。春頃から喫茶店でアルバイトを始めて、そこでこだわり派のマスターが作る洋菓子や軽食を、さぞかし幸せそうに頬張っている客を見て、ヒナタはいつもあたたかい気持ちになっていた。コウの考えるメニューはどれも、健康面にも配慮されていて、たとえ、いかにコストが張ろうとも食材を厳選したり、栄養バランスについてもよく考えられていた。コウは、沢山の知識をいつも嬉しそうに教えてくれて、ヒナタは彼の話を聞くのが大好きだった。
そしていつの間にか、自分も食を通じて多くの人を幸せに出来たらと、ぼんやりと考え始めたのだった。
「ヒナタさん。この間のジンジャークッキー、どうでしたか?」
「とても、美味しかったです。さすがコウさんとでも言うべきか……優しくて、あたたかい味でした。クリスマスに、お客様にお出しするのですか?」
「そうなんです。イブと当日は、サービスしようかなぁと。ヒナタさんは確か、毎月二十四日はお休みでしたね。常連さんの中には、あなたに会うのを楽しみにしておられる方もいらっしゃるから……イブは、残念だろうなぁ。二十五日は、出勤でしたね? サンタさんの帽子を買って来たので、その日一日は、被って貰ってもいいですか? 私も被りますから、お揃いですよ」
「ふふ……楽しそうですね。もちろん、いいですよ。お店も、そろそろクリスマスの飾り付けをしなくてはいけませんね」
ようやくクリスマスイブまでのカウントダウンが始まったので、マスターのコウとウェイトレスのヒナタは、閉店後、見るからに硬い雰囲気の純喫茶を、クラシカルな赤と緑、それから金の光で彩り、年の暮れの、華やかで楽しいイベントへの準備に取り掛かった。買い物はヒナタが担当した為、いかにも男らしく、貫禄のあったその店内が、どこか女性的な、柔らかい雰囲気を纏うようになった。
そんな様子をネジにも見せたかったが、間近に受験を控えた彼は、ここのところすっかり来店しなくなっていて、ヒナタは焦がれるような思いで、次に会える約束の日を、今か今かと待ち侘びていた。