2016.05.15更新
素敵なストーリーをリクエストいただいてありがとうございます。
漫画をお描きになる方ならではの細やかで行き届いた設定に、楽しみながら書かせていただきました。
少し長くなってしまいましたが、連載作品として献上いたします。
<1>
強くなると決めた。
闘うと決めた。
そして、今ここにいる自分のことを、少しだけ、好きになれたような気がする。
「やめてしまえ」と、何度も言われた。
「逃げたくない」と、完敗しても、食い下がった。
甘い夢は無残にも砕け散り、真っ蒼に色褪せた、終の果てへと転げ落ちる――。
悪くはない人生だった。
十分に幸せだった。
たったひとつ、心残りがあるとすれば、
――また、あなたと笑い合いたかったな……。
ただそれだけ。
*
和解した、といえるのかは分からない。しかし、これまで目を逸らしたくなるほどに冷たく、鋭い視線を投げかけてきた従兄の態度が軟化した。
……彼の心境に変化が訪れた理由は明白だった。
幼い頃は実の兄のように慕っていたネジと離れ離れになり、そのため守ってくれる人がいなくなった。行き場のない孤独を抱えていたヒナタは、ある少年に救われた。黄色い光を纏った男の子。名はうずまきナルト、両親を亡くし、その出生から謂れのない差別を受けて、いつでも独りぼっち、決して恵まれているとはいえない環境に身を置く子だった。
ところが、彼はそれを物ともせず、堂々と夢を語り、いつだって明るく前向きに振舞い、皆を正しい方へと先導する人格者だった。気が弱いせいでいじめられていたヒナタを、見て見ぬ振りをする同期たちを圧して、助けてくれた。
ナルトは、ヒナタにとって太陽のような存在だった。あんなふうに強く生きられたらと、一人の忍として、長く目標にしてきた相手だった。
そのナルトが、中忍試験の本選でネジと戦って、清々しいほどの勝利を収めた。
正直なところ、さすがの彼でも下忍最強といわれるネジには勝てないと思っていたので、驚くと同時にひどく心配になった。これまで負け知らずだったネジがいったいどんな心情でいるのかを知るのが、どこか怖かった。が、それからのネジは、ヒナタにも幾分穏やかに接してくれるようになった。
自分と同じく、ナルトに影響されて変わったであろうネジを見ていると誇らしい気持ちにさえなった。
日向宗家にて、ヒナタの父・ヒアシと修行に励んでいたネジにお茶を出し、少し距離を空けて並んで腰かける。何を話すわけでもなく、共に空を見上げるだけの縁側での時間。
厚い雲に覆われて、お世辞にも澄んでいるとはいえない空でも、ネジと見ていたら忽ち綺麗な景色になる――。
尊くも穏やかな日常を過ごしていたら、同じ班の忍であるキバと相棒の赤丸が、唐突に二人を呼びにきた。
「おい、ヒナタ! 火影様からの招集命令だ! ……ネジ、お前もな」
「ネジ兄さんも? 何で……」
「いいから早く来い。今、人手不足なのは分かってるだろ」
「そうだね……。大蛇丸に里を襲われて、三代目が亡くなられてからずっと落ち着かない」
「……下忍のオレたちにも関係なく危険な任務が宛がわれている。別にオレには造作もないことだがな」
「……やっぱむかつくなお前……」
「まあまあ、キバ君。一緒に死線をくぐり抜けた仲でしょ」
「ヒナタ様。『一緒に』というのは間違いだ。オレだけが唯一、単独で敵を倒したのだからな」
「ふふ、すごいねネジ兄さん。やっぱり強くて格好いいな……。私も頑張らなくちゃ」
「……オレだって善戦したんだぞ」
「うん。知ってるよ。キバ君は強くて頼りになるリーダーだよ」
「へっ、せいぜい『よくがんばりました』ってところだろうよ。見てろ、絶対に火影になってみせるからな」
「まあ、言うのは自由だしな」
「くそ、いちいちうるさいな」
「もう、二人とも仲良くしようよ」
年相応の下らない会話に乗じながら火影の執務室へと向かう。こうして仲間と話していたら、里の外では、今も忍世界を揺るがしかねない抗争が巻き起こっていることが嘘のように思えてくる。
……守らなければ。ネジの父が、命をかけても護りぬいたこの温和な里を。彼の生きた証し、彼が望んだ平和な未来を、日向宗家の嫡子として、一人の忍として、何が何でも繋がなければならない。心を強く結んで、二つの大きな背中を追いかけた。
キバの上着から顔を覗かせた忍犬の赤丸が、後方を駆けるヒナタの様子を、何度も振り返ってくれた。
三人と一匹が、五代目火影の綱手の元へと辿り着く。円形になった高い建物からは、里全体が見下ろせるようになっていて、彼女はいつも大量の書類に囲まれながら、難しい顔をしていた。
肘をつき、指を組んだ綱手が鋭い視線をこちらへ向ける。ヒナタは姿勢を正し、まっすぐに前を向くネジとキバの横顔に目を遣ってから前方を見た。……しばし重苦しい空気が流れて、一度目を伏せて、小さく息を吸った綱手が声を発した。
「……分不相応で心苦しいが、お前たちに就いてほしい任務がある。準備期間はない。今すぐに里を出てほしい」
一瞬、ぴくりと眉を動かしたネジが低い声で答えた。
「任務の内容は?」
すかさずため息をついた綱手の様子に、ヒナタは少しばかり心配になった。
しかしてその内容とは、
「……少々、頭のおかしな女大名がいてだな。護衛に若い男を指名してきている。が、大蛇丸の襲撃によって里は今人手不足なんだ。若い男の忍なんてそうそう出せるもんじゃない。そこでだな、下忍のお前たちで行ってきてほしいわけなんだが……。まだまだ実力不足のお前たちにツーマンセルは難しいだろう。ネジとキバにヒナタを加えたスリーマンセルで行動してほしい。ヒナタ、お前は男に扮して男の振りを貫いてくれ。なぁに、護衛任務は明日の一日限りだ。今日里を発って、明日の朝から夕刻までのわずかな時間だから問題ないだろ。リーダーはネジ、お前がやれ。分かったな? 分かったらとっとと行け」
一同をひどく驚愕させるものであった――。
里を発つための準備をしに、一度解散した。ネジとは同じ方向なので、共に自宅へと走った。
その間じゅう、ネジの言葉が止むことは一度もなかった。
――あなたにこのような任務を遂げられるとは到底思えません。だいたいその体格で男を装うなんていくら何でも無謀すぎる。服はどうするのですか? その恰好だと、どこからどう見ても女だ。……いや違うな。何を着ていてもあなたは女にしか見えないだろう。あなたの実力だと変化したままで一日を過ごすのも無理だろうしな。
――仕方がないのでオレの服を貸します。返してくれなくてもいい。あなたはオレの弟ということにして一切喋らないでくれ。その声ですぐに女だとばれてしまう。
――くそ、何でこんな任務にあなたを連れていかなければならないんだ……!
――せいぜい、足を引っ張らないでください。敵わない場合は退くこともチームワークだ。中忍試験のときのように、下らぬ根性論で無茶をしないでくれ。宗家のあなたに危険が及べば、間違いなくオレの責任になるんだ。
――分かりましたね? 絶対ですよ……!
いつになくつっけんどんで饒舌なネジに苦笑したものの、その端々からヒナタの身を案じてくれる気持ちが伝わり、とても嬉しかった。
中忍試験の予選で、完膚なきまでに打ち負かされたのは、ヒナタを危険に曝したくないという思いからなのだということは、ヒナタもよく理解している。
ネジは不器用で言葉足らずではあるが、元来とてもやさしい人なのだ。
宗家の自室にて早急に支度をする。胸には何重にも晒を巻き、黒い半袖の下着の上から、ネジに借りた灰色の上着を羽織る。立ち上がった襟のファスナーを首まで上げて、縦に三つ並んだ、横長の留め具でさらにしっかりと前を閉めた。
丁寧に畳んであったその服からは、清潔なネジの匂いがした。幼い頃から、何も変わらない。あたたかなネジの匂いに包まれていたら、それだけで強くやさしくなれるような気がした。
ぶかぶかのズボンの腰をベルトで縛る。太腿にホルスターを取り付け、そこに手裏剣などの忍具を収めた。
額の丸みに沿って重く切りそろえた前髪を斜めに流して、頬に掛かっていた長い横髪を、耳に掛けた。鏡の前でネジの真似をして、眉間に皺を寄せて眉を吊り上げてみる。
「ふふ、似てる……これなら兄弟で通るかもしれない」
思わず独り言を零して、鏡の中のネジそっくりと思われる自分に微笑みかけた。
縁側の中庭に、慣れ親しんだチャクラを感じ取ったので外へ出る。するとそこには、こみ上げる笑いを堪えきれないといった様子のキバが、ネジの背後に隠れて肩を震わせていた。
一方のネジは、険しい表情を一瞬だけ崩したものの、いつも以上に不機嫌になってしまった。……心配になる。ヒナタの男装姿は、笑いが止まらなかったり、顰めっ面になるほどにおかしいのだろうか。
不安げに俯いていたら、見かねたキバが言葉を掛けてくれた。
「へへ、ヒナタ……オレはなかなかいいと思うぜ? こうやって見たら、お前たち二人はそっくりなんだな。血は争えないというか、蛙の子は蛙というか……父親同士が同じ顔だもんな」
「……うるさい黙れ」
ところが、ネジがあまりにも不穏な空気を纏いはじめたので、それ以降の会話が弾むことはなかった。
終始無言のままに、里の外へと続くあうんの門まで進む。大きく開かれた巨大な戸の前でいったん立ち止まったネジに倣い、ヒナタとキバも続いた。
三者で輪になって向き合う。ヒナタは、任務の前の、仲間と意識を確かめ合うこの時間が好きだった。
しかして、小隊長のネジがようやく口を開いた。
「目的地までは、半日もあれば辿り着けるだろう。明朝早くに、先方と顔を合わせようと思う。この任務で守るべきルールはただ一つ。ヒナタ様は喋るな。あなたへの質問にはオレが兄として代わりに答える。ヒナタ様はオレの弟。女だということに気づかれないよう徹底的に配慮してくれ」
垂れた耳を余計に垂らして、ひどく心配そうに、困ったような声を漏らした赤丸に、ネジが鋭い視線を向けた。……すかさずキバが噛みつく。正反対の性質である二人が、一泊二日の任務に耐えられるのか、ヒナタは少し恐ろしくなった。
「おい! 赤丸はお前の言うことに不安を覚えるんだとよ。オレも、そんな簡単に隠し通せるとは思えねー。同じ班員として、オレはヒナタを大切に想ってる。こいつに何か危険が及ぶようなことがあったら絶対に許さないからな」
「……実力不足とはいえヒナタ様も一人の忍だ。そこまで周りがフォローしてやることもない。過保護にすればするほど、かえってこの人の成長を妨げるのではないか? お前、それでも仲間なのか? 考えが足りなさすぎる」
「いちいち腹立つな……」
自分の力量が足りないばかりに、大切な従兄と班員の二人が言い争っていることに、自己への強い嫌悪感を覚えた。意を決して、言葉を紡ぐ。
ヒナタは、いつも誰かに守られてばかりの弱い自分とは、決別したいのだ。
「ネジ兄さんもキバ君も、心配してくれてありがとう。私は大丈夫。不安要素なんて何もない。強くなるって決めたから……私も、ナルト君のように、皆を導く太陽のような存在でありたい。一人でもちゃんと戦える。だから安心して見てて?」
……その名を耳にした二人の表情が、わずかにほころんだような気がした。
中忍選抜試験では、例に漏れず、ネジもキバも彼に大敗している。本来の勝気な二人の性格を思えば、対抗心をむき出しにして荒れてもおかしくはないのに……。ナルトという男には、人を変える、他にはない不思議な力があるのかもしれない。
尊敬してやまないナルトが、大切な二人を善い方向へと引っ張ってくれたのかと思うと、やはり嬉しくなった。
そう、ヒナタはいつか、憧れのナルトのように、自分の手でネジを光へと導きたい。
恵まれない出生によって負った深い傷を癒してあげたい。
他でもない自分の手で、彼を幸せにしたいのだ。
幾度となくくぐったあうんの門を背に、三人で連なって赴任先へと向かう。付け焼刃さながらのチームではあるが、ネジもキバも、ヒナタの大切な人だ。
必ず任務を完遂し、生きて、笑って帰ってくることを誓った――。