2016.09.10更新
少し体温の高い、ネジの腕の中。そこはひどく寝心地がよくて、ヒナタはふわりと微睡んだ。雪降る窓の外、沁みる寒さなど嘘のようで、果てのない幸福感に、いつまででも浸っていたいと思った。
……共に住むことになって初めて迎えた夜は、すっかり明けている。真新しいレースカーテンの向こう側に、柔らかな陽の光が降り注ぐ――。
「いい加減起きなくちゃ……」
ヒナタの隣、綺麗に眠る彼にキスを落とすと、ベッドから出て、昨夜脱ぎ散らかした服をそっと拾い上げる。部屋着も、下着も、全てが無造作に投げ出されたまま、硬いフローリングの上、氷の如く冷やされていた。寒さに震えながらも身に着けると、荷ほどきの途中の段ボールの中から、先日買ったばかりのエプロンを取り出した。薄手のコットン、淡いベージュと白のストライプ、全体に控えめなフリルのついたそれは、ネジの為に美味しい料理を作ってあげたくて、柄にもなくわくわくしながら選んだものだ。
白くてもこもこのプルオーバーとショートパンツの上、首元と腰に、大きめのリボン結びを飾る。長い髪を束ねてサイドに垂らすと、冷蔵庫を開けて朝食の材料を用意した。
食パン、白砂糖、牛乳、卵。コウに教わったばかりの、フレンチトーストを作ることにした。ネジの好きなコーヒーを淹れる準備をして、食パンを浸す卵液を混ぜ合わせる。
「美味しそう……」
鼻を掠める甘い香りに、思わずひとりごちる。引っ越し当日の昨日は忙しく、仕方なく外食で済ませたので、この朝食が同棲して初めての料理になる。ヒナタとしてはもっと凝ったものを作りたかったのだが、昨夜、遅くまでネジの相手をしていた為、うっかり寝坊してしまったのだ。粉雪の空模様、さっそく染みになったシーツは乾くだろうか? 少し、不安になる。もっとも、真っ白なそれを汚したのはネジではなくヒナタなのだが……。
誰よりも大切な人と体を重ねるのは、どうしようもなく嬉しい――という気持ちに嘘はない。が、あんなに滅茶苦茶にされてしまっては、さすがのヒナタも疲れ果ててしまった。……思い出しただけで頬が熱くなる。なるべく考えないようにして、泡立て器で掻き回す手に力をこめた。
「おはようヒナタ」
するとそこへ涼しい顔をした綺麗な従兄がやって来た。
甘い匂いに誘われたのだろうか……?
想像したら、ペットみたいで可愛い。
ヒナタは心からの笑顔で彼を迎えた。
「おはようございます、ネジさん」
朝起きて穏やかに挨拶を交わす。そんな当たり前のことが、こんなにも幸せに感じられるなんて。
対面式キッチンの向こう側、乱れた長い髪を指でとかす恋人を盗み見る。目が合ったので恥ずかしくなって逸らすと、調理台の方へ、ゆっくりと回り込んでくる足音が聞こえた。
……後ろから静かに抱き締められる。頬を掠める彼の髪がくすぐったくて身を捩った。
「ヒナタ……」
「は、はい?」
「可愛い……」
「え、な、何がですか?」
「エプロン」
「あ、ああ……これは、ネジさんの為に選んだんです」
「オレの為に?」
「はい……。あなたに、美味しいお食事をご用意したくて。あの、すぐに出来ますので、あちらへ掛けて待っていてください……きゃっ!」
ボールの中身をこぼしそうになったので、即座に手元から遠ざけた。
肩を包み込んでいた筈のネジの手が、いつの間にか、エプロンと部屋着越しの大きな膨らみに伸びていた。
「あ……ちょっと……こんなところで……だめ、です」
「『こんなところ』だからいいんだろ」
耳を撫でるのは、昨夜何度も聞いた熱のこもった低い声。髪を束ねている所為で、露わになった耳朶から首筋へ、生温く湿ったものが執拗に絡みついてくる。布の上を這っていた手は、エプロンの脇から、短いトップスの裾を探って、瞬く間に敏感なところに到達した。すぐに硬くなって立ち上がったそれを、ネジが見逃す訳もなく――繊細な指で、まるで全てを知り尽くしたかのように嬲り立ててきた。
「あ……んっ、ネ、ネジさん……」
絶え間なく注がれる電流のような痺れを、調理台に手をつき、辛うじて受け流す。膝が小刻みに震えて、次第に立っていることが困難になってきた。容赦なく煽られる羞恥心を押し込めながら、ただひたすらに耐えていたら、ショートパンツの隙間から、細くて長い指に貫かれてしまった。
「だ、だめ……」
「だめじゃ、なさそうだが?」
確かめるまでもない。そこは間違いなく、とろとろに溶けていることだろう。ぬるりと纏わりつく熱を持った内壁が、ネジの指が動く度、自ずと収縮するのを自覚する。……恥ずかしくても止められなかった。
「ふ……、ぅんっ……んんっ」
こうなるともはや何も考えられない。昨日だって幾度となく昇りつめた筈なのに、それでも尚彼を欲しいと思ってしまう浅ましい自分に嫌気が差す。……しかして、はしたない音が響きわたるキッチンで、ネジはヒナタをさらに追い込んできた。細長い指とは比べ物にならないくらいに太くて硬いものが、ずぶりと音を立てて侵入してきて、その瞬間、ヒナタは堪え切れずに果ててしまった。
すると、もこもこのショートパンツの内側から、白い太ももを伝い落ちる透明の飛沫を、あろうことかネジは指で掬い上げて口に入れた。耳のすぐ隣で湿った音を聞いていたら、直後、腰を両手でがっちりと掴まれて、後ろから、熱く反り立ったもので烈しく突き立てられ、またしても意識を手放しそうになった。
「ああっ……あっ……ああ……も、もうだめ……! ……んっ!」
「……っ、ヒナタ……オレ、も……あまり、持たないかも……」
半ば急き立てられるようにして辿り着いたのは、甘やかで真っ白な、蕩けそうなほどの幸福。
何度味わっても足りない。それどころか、もっともっと欲しくなってしまう。
……ネジのことになると忽ち欲深くなる自分が情けない。
思い切りきつく抱き締められた腕の中で、背中越しに伝わる荒い息と心拍に、胸がぎゅっと締めつけられた。
ヒナタの中、どくどくと脈打つネジの熱を感じていたら、なぜだか、心が強く軋めいた――。
そっと引き抜かれた体温に、寂しさを覚えたことを気取られぬよう、些か強気になって言う。
「……昨日だって何度もしたのに……もう、こんな時間ですよ? もう朝食とはいえない時間です」
「悪いな。でも仕方ないだろ? ヒナタが、そんな恰好で煽るからだめなんだ。甘い匂いに誘われて起きてきたら、ヒナタがあんまり可愛いから……。それに、この一年なかなか会えなかったからその反動かな」
「……それは、私もです……。ほ、本当はすごく嬉しいの……恥ずかしいけど、本当はもっとしてほしいです」
「またそういうことを言って煽るから……。わざとか? もしかして分かってやっているのか」
「ち、違います……! あ、あの、そろそろ朝食……昼食? を用意しますね。ちゃんと服を着て座って待っていてください」
「子供みたいな扱いだな」
「ごめんなさい……ネジさんこそ可愛かったから」
「オレを可愛いなどと言うのは後にも先にもヒナタだけだ」
「ふふふ、光栄です」
先ほどまで、あんなにも熱く色づいていた瞳が、嘘のように澄んだ光を拾う。木のトレーに、フレンチトーストとコーヒーを乗せて運ぶと、一層きらりと輝いて――そんな彼を、例によって「可愛い」と形容したくなる。
二人だけの小さなマンションの一室、白いカーテンの奥、薄い雲の向こう側にある陽光、純白の雪に照らされて、至極穏やかに向かい合う。柄にもなくひどく上機嫌なネジは終始微笑んでいて、ヒナタもつられて笑った。
いつも大人びた彼の笑顔は、今日は、年相応か、若しくはそれ以上に幼く見える。ヒナタが用意したブランチをこの上なく幸せそうに頬張るネジが、心底いとおしい。
「ネジさんは昨日からずっと笑ってばかりですね」
「だって……嬉しいから……ヒナタが傍にいてくれて、嬉しいから」
柔らかに紡がれた言承けが、静かに胸を貫いた。
……不意に、涙が溢れ出す。すると、ネジが少しばかり曇った笑顔で、至って寧静に頬を拭ってくれた。この指が、体温が、何もかも全てが大切で――もう、絶対に失いたくない。
思えば離れ離れでいたあの数ヶ月間、剥がれるような喪失感の中、微かな希望さえも捨てそうになった。けれども彼は罪深いヒナタを赦し、清らかな心でずっと想い続けてくれた。そんな彼が必要としてくれる限り、どんなことがあっても支え続けたい。
――どんな風にされてもいい。彼に仕え続けたい。
……大切な人と朝を迎えること。
何の不安もなく笑い合えること。
ただ真っ直ぐに想い合えること。
かけがえのない優しい時間……願わくは、奇跡のように幸せな時間が、いつまでも光り続けますように。
*
「ヒナタ……今日は何をしようか?」
「何でもいいです……ネジさんと一緒なら何をしていても幸せです」
「本当に? ……言ったな?」
「? もしかして……」
「だから仕方ないだろ。ヒナタが悪いんだからな」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください……せめて食卓を片付けてからでお願いします……!」
……真冬なのに暑い。
すっかり上がった体温を下げる暇もなく、会えなかった時間を埋めるかの如く、何度も何度も熱を通わせ合った。
あたたかくて優しい、これ以上ないほどの清福――。
甘く蕩けそうな意識の中、ネジの幸せを、柔和な笑顔を、何があっても守り続けると誓った。