2015.08.21更新
夜、いつもの時計台で待ち合わせた二人は、海の見える街から、隣県の古都へと向かった。
冬休み最終日の前日、時間も二十一時を回っていたせいか、人は少々まばらだった。快速電車の窓からは、白や橙、赤や青など、実に様々な色の光が、冬の澄んだ空気を、穏やかに暖めていた。
「今日は、すまないな……オレの、お詣りに付き合って貰って……それも泊まりなんて、家の人は、大丈夫だったのか?」
「ええ。明日の朝は、私も一緒に、合格を祈願するんです……それに、クリスマスイブにお会いして以来、二週間も顔を見ていなかったから……とても、寂しかったです。私こそ、無理を言って着いて来てごめんなさい」
アルバイトを終えたヒナタは、父に友人の家へ行くと嘘を吐いて、ネジが一人で行くつもりだった旅行に着いて来た。クリスマスイブの朝、真実を知ってしまってからは相当に思い悩んだが、傍にいて欲しいと言う恋人の願いを、今だけは汲んであげたいと考え至ったのだ。何よりもヒナタ自身が、彼とはまだ離れられそうになかった。
今夜の宿は、ネジが元々押さえていた、至ってシンプルなビジネスホテルだった。明日の朝六時にはここを出るので、チャコールグレーが基調の、狭く味気ない部屋でも十分だった。
「ベッドは一つ、なんですね……」
「いや、急遽二人になったから……セミダブルの部屋に変えてもらうのが、精一杯だったんだ。何か不都合でもあるか?」
「……いえ……大丈夫、です……んっ」
部屋に着くなり性急に抱き締められ、さらには唇までをも塞がれたヒナタは、キスを落としながらも器用にコートを脱がせてくるネジに、瞬く間に火照らされてしまった。
外から順番に滑らせた服をふわりとソファにかけて、顔を出した白い肌へ、たくさんの赤い花を散らしてきたネジを、ヒナタは蕩けた表情で見上げた。
「あ、あの……バイトで、汗をかいたので……このままでは、ちょっと……」
それでも構わずベッドに押さえ込まれ、また強引に唇を奪われた。全てを絡め取ってしまいそうなキスから、ようやく解放されたヒナタの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。しかしネジは決して止めようとしない。ヒナタは困ってしまった。
「あの……本当に、だめです……せめて、シャワーを……」
「オレは構わない……それに、オレだって二週間も会わなくて、寂しかったんだ……もう、待てそうにない……」
結局その夜は、ネジに求められるままに、ベッドで、バスルームで、ソファで、幾つも場所を変えて、何度も抱かれてしまった。繋がり合う度に胸が痛んで、また涙を流すヒナタを、ネジは柔らかく抱き締めてくれた。
翌朝、まだ日が昇りきらないうちに、まずは学業成就で有名な、山上の寺へと訪れた。朝早かったせいか、誰もいないそこは、冷めた風が吹き荒んで、気温以上に寒く感じられた。例に漏れず薄着で来てしまったヒナタの手を取って、ネジはまたポケットであたためてくれた。
そこでは、合格祈願と書かれた赤いお守りをネジにプレゼントした。あなたの夢の第一歩が叶いますようにと、願いを込めた。
それからケーブルで山を越えて、バスで少し行ったところにある、霞のかかった川沿いの神社を訪れた。
さらさらと流れる水の音を聞きながら、掠れた朱の鳥居をくぐり、燈籠が立ち並ぶ、幾分緩やかな石の階段を上ると、やがて小さな拝殿が見えてくる。その隣には水占いなるおみくじがあり、ヒナタはひどく興味をそそられたが、今日はネジの合格祈願に来たのだからと、何とか視線を逸らした。
「こちらも、学業成就の神様が祀られているのですか?」
「いや……ここは、縁結びと縁切りの神社だ」
「縁、切り……?」
「そう。自分にとって善い縁を繋ぎ、悪い縁を引き離してくれるんだ。それは人と人との縁だけではなく、場所や物、あらゆるものを指す。一度、賭けてみようかと思って……」
自分がネジにとって善い縁だったとは、ヒナタには到底思えない。彼から悪い縁を遠ざけるのであれば、神様が一番に目をつけるのは、間違いなく自分だと思った。
「なら、私は……」
「切られる筈がないだろう。少なくとも、オレには絶対に切れない」
「……本当に? 何が、あっても?」
「ああ。もちろんだ」
ネジが真っ直ぐに寄せてくれる想いは、今のヒナタには鋭く突き刺さってしまう。もしも彼が真実を知ったら、一体どんな気持ちになるのだろう。今だってどうしようもないくらいに好きだけど、傍にいたいけれど、いつかは離れるべきなのだと思う。それでもやはり一緒にいたくて、もはやヒナタには成す術がなかった。
お詣りを終えて、来た道を戻ると、先程は目に入らなかった、水色とピンクの、結び文のような、珍しいお守りが授与されているのが見えた。それぞれに小さな金の鈴が付いていて、その淡い色みの和柄の生地を、上品に引き立てていた。
「……か、可愛い! お揃いに、しませんか? ほら、ちょうど二色ありますよ。縁結びのお守りですよ! あなたとあなたの夢を、繋いでくれたらいいです」
「……そうだな。さっきはあなたから貰ったから、次はオレからかな」
結び守と書かれたピンクのお守りを、神社の朱印が刻まれた白い紙の袋に入ったまま、大切そうに鞄の中にしまうヒナタを、ネジは微笑ましく見守っていた。
この揃いのお守りは、果たしてどんな縁を繋ぎ、どんな縁を結んでくれるのだろう。それからどんな縁を切り、どんな縁を引き離してくれるのだろう。ただのお守りに、そこまでの力があるとも大して考えられないが、ヒナタもまたこの神社のご利益に、賭けてみようと思った。
――せめて、どうかあなたの幸せを、繋いでくれますように。
――どうかこのままずっと、一緒にいられますように。
心に描いた願いは、互いに少し食い違っていたけれど、互いを大切に想う気持ちだけは、何一つとして相違はなかった。
絶対に互いが互いでなければいけない、というくらいに、急速に惹かれ合った二人ではあったが、これから先どうなってゆくのかは誰にも分からず、もはや神に縋る外ないのかもしれない。それでも。
大切な人の幸せを、何よりも願ってやまない心は、今の二人を真っ直ぐに繋いでいた。