2015.11.17更新
2015.11.23修正
己を見失うほどに、あなたに侵され、縛られてゆく。
眠れなくて夜を明かす。もう、何度目か分からない。いっそのこと、決して逃れられないように、切れない鎖で繋いでしまいたい。
あなたが大切なんです、ヒナタは言ったけれど。その意味も理由も、俺には到底分からない。憐憫、哀憫、情け。それ以外に、ヒナタが俺を想う謂れなど、ある筈がないから。だって、これまでの彼女への仕打ちを思えば。
……そう、どうにもならない負の感情を、散々ぶつけてきたというのに。
「たとえあなたが、世界中を敵に回したとしても……私は、私だけは傍にいます。ですから安心してください。私にはあなたが、あなたには私がいるから」
ヒナタが言うのは、ただの綺麗事の羅列だと、撥ね除けたくなることもある。しかし。
知ってしまったんだ。ヒナタの熱を、そのあたたかさを、その柔らかさを。それからは、どうしても忘れられなくて――。無条件に俺を受け入れてくれるヒナタを、何度も組み伏せて、何度も体を重ねた。
「心を縛ってほしいのは、私の方です……私にはもう、あなたの声しか聞こえないから」
可哀想に。俺に汚されて、もはや何色にも染まることが出来ないから。だから俺に縋るしかないのだろう。
……そうさせたのは誰だ?
ヒナタは俺を受け入れてくれるけれど、決して満たしてはくれない。ただただ俺に身を預けるだけで、絶対に、受け止めてはくれない。それがヒナタにできる、唯一の抵抗なのだと思っていた。
「ネジ兄さん……いっそのこと、私を、繋いでいてください。あなたの苦しそうな顔を見ているのが、何よりも辛くて……」
苦しかった日々も、悲しかった過去も、何もかもを無しにできるくらい、ヒナタは俺の全てだ。だから。
……俺を愛して、必要だと言ってほしい。
無理な願いだと、叶うことはないと、そんなことは、分かっているけれど。矛盾を押し殺した塊は、もう、飲み込めそうにないから。あなたに触れる度に忽ち溢れ出して、もう、止められそうにないから。
「ネジ兄さんの願いとは何ですか? もう一度、聞かせてください」
言ったところで、表面上は繕ってくれたとしても、やはりこの心が埋まることはないだろう。我情に塗れた想いが報われることはないだろう。こうして出逢ったことも、決まっていたことなのだろうか。
この世界には神などいない。どんなに願っても、どんなに祈っても、俺の欲しいものは、絶対に手に入らないのだから。父上が生きていて、伯父も従妹も、皆で笑っている。ともすれば簡単に手にできそうな、そんな平凡な日々を、幾ら望んだところで決して届かない。
この呪われた一族に生まれ落ちたこと、ヒナタを愛してしまったこと。
……それが俺の終わり。生まれた時点で決まっていた。
いつもの殺風景な寝室。飽きずにヒナタを抱いて、虚しさに包まれる。一方的に欲をぶつける俺を、相変わらず受け入れるだけのヒナタに嫌気が差す。
乱れた着衣を整えて、またいつものように、絡まった髪を梳かしてやる。くすぐったそうに見上げてくるヒナタはまるで幼い頃と変わらぬように見えて、胸がひどく痛んだ。好きだ。やはりこの人のことが、どうしようもなく。
一切の表情を消してヒナタを見下ろすと、途端に不安そうに色づいた顔で、徐に、体を起こした。そして、俺の胸に手を添えて、もう片方の手で、唇をなぞってきた。ゆっくり、ゆっくり、確かめるように――。
思わず視線を逸らし、目を伏せた。一瞬、甘やかな痺れが走った。
その方を見遣れば。頬を桃花色に染めたヒナタが、これまでに見たことがないくらいに可愛く笑っていた。
たったそれだけのことで、真っ黒に色づいた俺の心は、いとも簡単に癒えてゆく。すかさず口を衝いた言葉は、何とも可愛げのないものだったけれど。
「……珍しいな。一体、どうしたんだ? 何があった?」
しかしてヒナタの答えは、
「す、好き、な人に……口づけたいと思うのは、おかしいことですか?」
……瞬く間に胸を掻き乱した。
「好き? あなたがオレを? 冗談はやめてください」
「し、信じてください……あなたと私の間に、嘘など必要ないでしょう?」
もう一度、拙く重ねられた唇の味は、これまでに経験したどんな痺れよりも、心地よかった。
思い切り抱き締めれば、その小さ過ぎる体を、いつも乱暴に掻き回していることに罪悪感を覚えたが、やっと好きだと言ってくれたヒナタを、これからは少しだけ、可愛がってやろうと思った。
優しいヒナタのことだから、それは、本心ではないのかもしれないけれど……。
疑う心に蓋をして、その冷たい嘘を、信じたふりをしていようか。
また、恋い明かし、苦しむことのないように。