2015.07.28更新
私は、自分のことが大嫌いでした。
弱くて、泣き虫で、一人では何も出来なくて、いつも誰かの後ろに庇われてばかりで……。
唯一の味方だった、兄のように慕っていた大切な人にまで疎まれるようになってからは、自分という存在がまるで、誰にも必要とされていないかのような錯覚に陥って、余計に許せなくなってしまいました。
何度も失敗を重ねて、その度に卑屈になって、どこまでも自信を無くして……。
いつだったか、そんな臆病だった私を見かねて、ある人が言いました。「『過ちて改めざる、是を過ちと謂う』のだよ」と。私は、それは違うと思いました。だって、優れた人は、そもそも失敗なんてしないのだから。そう、私の敬愛するネジ兄さんは、決して失敗などしないのです。ずっと、そう思っていました。
ところが、信じられないことが起こりました。私が忍者アカデミーを卒業した当時、下忍最強と名高かった兄さんが、中忍試験の本戦で負けたのです。その頃、対戦相手のナルト君に憧れていた私は、同じ一族の従兄である彼ではなく、落ちこぼれと言われていた、格下だったナルト君を応援していました。正直なところ、ネジ兄さんが負けるなんて到底思えなかったのです。劣勢かと思われた淡い片恋の相手を、必死に応援せずにはいられませんでした。
それなのに、兄さんは負けました。
その時の私は、予選で負った怪我――ネジ兄さんに負わされた怪我――のせいで気を失っていて、二人の試合を最後まで見届けることが出来ませんでした。後で聞いた話では、勝つことを絶対に諦めず、自分を信じて突き進んだナルト君の、真っ直ぐな想いがもたらした奇跡だったようです。
それ以来、兄さんは変わりました。
もう誰も信じられないとばかりに凍らせた、冷たい目の奥に滾らせた熱を、全てを切り裂いてしまいそうだったその鋭い瞳を、本来彼が持っていた、揺るぎない優しさと強さの色に塗り替えて――。私の大好きな、切ないほどに柔らかな笑顔を、幼い頃に置いてきてしまったあたたかい想いを、真っ直ぐに、私へ向けてくれるようになりました。
まるで夢を見ているかのようでした。まさか、兄さんとそうやって、また笑い合える日が来るなんて。本当に、夢を見ているようでした。
それからは、若くして日向流体術を極めたともいえる兄さんに、直々に修行を付けてもらえることになって、嬉しくて、嬉しくて、毎日が嘘のように、瞬く間に早く過ぎてゆきました。そこでも沢山の失敗をしたけれど、私が気に病まないようにと穏やかに寄り添ってくれる彼に甘えて、その居心地の良さに溺れて、とても大切なことを見失っていました。
そんなある時、誰かが言いました。「『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』のだよ」と。私は、それも違うと思いました。だって、優れた人は、そもそも自分の力で道を切り開いてゆくのだから。そう、私の敬愛するネジ兄さんは、別に、誰に何を教わるでもなく、自分の力で高みに到達するのです。ずっと、そう思っていました。
ところが、信じられないことが起こりました。誰よりも強く、それでいて誰よりも孤独に、血の滲むような努力を続けてきた兄さんが、日向の呪われた運命に倣って、その尊い命を、私の為に差し出したのです。
どれほど苦しかったことでしょう。どれほど痛かったことでしょう。
ネジ兄さんは血を吐きながらも、見たことないくらいの晴れやかな笑顔で、自分のことよりも私を、私のことを案じてくれました。「ヒナタ様は……お前の為なら命を賭ける……(だから不甲斐ない真似はするな)」と、ナルト君に釘を刺して。
そうなんです。元来兄さんは、誰かの為に自己を犠牲にすることを厭わない、そんな気高いほどの誠実さに溢れた、とても立派な人なのです。私はその慈愛に満ちた控えめな優しさに、完全に甘えていました。一番大切な場面で、決して取り返しのつかないことをしてしまいました。不甲斐なかったのはナルト君ではなく、私の方だったのに……!
私は、やはり自分のことが大嫌いでした。
これまで一体、ネジ兄さんの隣で、何をしてきたのでしょう。過ちを改められなかった私は、未だ過ちを犯したままだったのです。経験からも歴史からも学べなかった私は、愚者でも賢者でもなく、更には兄さんのような聖人になどなれる筈もなく、ただただ非力で、いつまでも誰かに庇われてばかりの子供のままだったのです。唯一の救いがあるとすれば、ネジ兄さんのような素敵な人に、命を賭けても守りたいと、助けてもらえたことくらいでしょうか。私にそれだけの価値があるとは到底思えませんが、そうやって自分に言い聞かせることでしか、平静を保っていられませんでした。
あなたは優しすぎると、かつてネジ兄さんは私に言ったけれど、私は優しいのではなく、臆病ゆえに傷付きたくないだけの、ただの弱虫だったのです。優しすぎるのは、あなたの方です。
「ずっと、好きでした、あなただけが。命賭けで、愛していました」
「ありがとう、好きになってくれて……まるで、夢を見ているみたいだ」
「オレは、あなたの幸せを誰よりも願っている」
「これからは二人で、必ず無事に生き抜きましょう。命など賭けてはいけません。生きてこその幸せです」
「それは、これから先も絶対に変わらない。もしあなたが心変わりしたとしても、オレはずっとあなたのことが好きだ」
「必ず、あなたを幸せにするから。絶対に、離れたりしないから」
いつか目を覚ましたあなたがくれた、抱えきれないほどの想いを乗せた言葉たちは、やがて私の生きる糧となり、その沢山の宝物は、もはや、私の生きる証となりました。次は私があなたを守る番なのだと、そう決めてからも、一番に私を想ってくれるあなたのことが大切で、どうしようもないくらいにいとおしくて……。
愛し愛されることの尊さに、ようやく、自分という存在を肯定してみたいという感情が芽生えました。
これからはあなたが好きになってくれた私を、私も好きになってみようと思います。あなたがくれた生きる証を、消えてしまわないように深く刻みつけて、ずっとあなたの隣にいられたら、それほどの幸せはありません。
信じています――。あなたとの誓いは、決して色褪せることなく、いつまでも鮮やかに輝き続けてゆくのだと。あなたが命賭けで繋いでくれたこの絆は、絶対に揺らぐことのない、本物の想いを結ぶ印なのだと。信じて、信じ続けて、一生あなたの傍で寄り添いたいから、その為にも、あなたを好きな私を、心から愛してゆきたいと今は思います。
いつか私もあなたのように、清廉で、真っ直ぐな強さを誇れる人になりたい。
あなたの為に出来ることを、確実に、しっかりと奉じてゆきたい。
だから必ず生きて、変わらず隣で笑っていて下さいね。