2015.11.08更新
夜、眠るあなたに口づけを落とす。
綺麗な顔。無防備な顔。それを見られるのは、私だけに許された、唯一の特権。
好きです、あなたが。いつも難しい顔をしているあなたに、まるで機転の利かぬ私が、言葉で想いを伝えることは、到底叶わないから。だからせめて、眠っている間に、気付かれないように、あなたの唇を奪う。そのくらいのことは、許されるでしょう?
――ヒナタ様、愛しています。どうしようもないくらいに。
あなたはそう言って、そして、私を抱いたけれど。以来、何も言ってくれない。
言葉が、欲しい。不安なんです。私のような者に、あなたほどの方が想いを寄せてくれているなんて、どうしても信じられないから。可愛いものです……ちっぽけな私は、あなたのその一言で、天にだって昇れるのですから。
今夜も例に漏れずあなたに口づけました。
整った綺麗な唇は、どこか笑っているように見えて。喜んでくれているのかな、なんて、思い上がりもいいところ。あなたにとっての私とは、一体?
――ずっと、好きでした、あなただけが。命賭けで、愛していました。
もう一度、聞かせて欲しい。言葉が欲しい。怖い。あなたを想うことが、こんなにも怖い……!
「……ヒナタ様? ここで、何を?」
大好きなその寝顔をもっと見ていたくて、すぐに立ち去らなかった所為で……ネジ兄さんは、目を覚ましてしまいました。どうにか取り繕ったものの、察しのいいあなたのことだから、全てを見透かされてしまったことでしょう。馬鹿な私、独りよがりな愛情表現を、聡明な兄さんに許して貰える筈が無いのに。
「……ここに居ては、駄目ですか?」
「いいえ……しかし、今夜は、一度だけですか?」
「何がですか?」
「口づけです。なかなか立ち去らないものだから、またして貰えるものだろうと、待っていたのですが」
「え……?」
「オレが、気付いていないとでも?」
何ということでしょう。毎夜ここへ来て、卑怯にも、無抵抗な彼に己の欲をぶつけていたことを、ずっと気付かれていたなんて。
「ヒナタ様。もう一度、口づけて下さい。でないと、今夜は眠れそうにない」
恥ずかしさのあまり、動けずにいると……徐に、布団から手を出した兄さんに、思い切り引き寄せられました。驚いていると、いつもは優しい手に、少々強引に顎を掴まれて――。息が止まるくらいに深く、深く咥内を犯されました。あっという間に腰砕けになった私は、思わずはしたない声を漏らしてしまいました。ネジ兄さんは、相変わらず涼しい表情で私の舌を弄んでいました。
唇を離せば、兄さんは、熱を滾らせた瞳で私を映していました。私の唇や体を求めてくれるのは、嬉しいけれど……違うんです。私が欲しいのは、あなたの、真っ直ぐな言葉。お願い、お願いだからもう一度聞かせて下さい。私を好きだと、愛していると言って下さい。
願いも、虚しく。ネジ兄さんは、性急に私の耳朶や首筋に舌を這わせて、私を、とろとろに蕩けさせてしまいました。大切なあなたと体を重ねることは、ひどく幸せだけど。だけど私は、私が欲しいのは――。
焦がれるほどの熱を受け止めて、溶けきった体を横たえていたら、兄さんが、火照った頬に小さな口づけをくれました。ふと見上げれば、消え入りそうな笑顔を浮かべて私にこう言いました。
「……ヒナタ様。あれから、あなたは何も言ってくれないけれど……毎夜口づけてくれているということは、心変わりした訳では無いのだな?」
「あ……そ、それは……」
まさか、こんなところで想いが通じ合っていたなんて……!
私が欲してやまないものは、ネジ兄さんにとっても同じことだったのです。どうして、そこに思い至らなかったのでしょう。
「聞かせて下さい。もう一度、確かめさせて下さい」
声にならなくて、気付けば私は、涙を流していました。涙声で紡いだ想いが、兄さんの心に、ちゃんと届けばいいけれど……未熟な私には、語彙が足りなくて、月並みな言葉でしか伝えることが出来ませんでした。
「……好き、です……どうしようもなく、好きです……っ!」
痛いくらいに抱き締めてくれた腕から、溢れるほどの想いを受け取りました。そして、耳元を震わせたのは――。
「たぶん、オレの方が好きです。だから、絶対に離れないで下さい。心変わりしないで下さい」
そんなこと無い。私だって負けていません。大切なあなたを不安にさせないように、これからも、気付かれないように想い続けます。私の方があなたを好きで、本当は、不安で不安で仕方がないということを。
気付かれないように。何でもない顔をして、寄り添ってみせます。
――だから、絶対に離れません。心変わりなどする筈がありません。
――たぶん、いえ確実に、私の方が好きです。