2015.10.18更新
少し痛いくらいに、時にふわりと包み込んでくれるその場所を、誰にも渡したくない。
眠れない時は決まってネジの部屋に行く。そして華奢なヒナタのものとは違う、がっしりとしたその腕に頭を預けて目を閉じる。
忽ち安心して、突然の訪問者に目を覚ましたネジより先に、あっという間に眠りに落ちる。前髪をさらりと揺らす小さな呼吸が心地よくて、ヒナタはいつだって、ネジにくっついていたいと思った。
ふと、気になった。普段人に弱みを見せない彼も、独りで眠れぬ夜があるのだろうか。
ある日の深更、明かりが灯ったままのネジの部屋に顔を出すと、彼が、寂し気な瞳を向けてきた。いつも穏やかな彼にしては珍しい、憂いを帯びた哀しい目だった。
理由を問えば、ヒナタの心は一気に締め付けられた。
「……あなたの隣にいるのが本当にオレでいいのか、時々、分からなくなることがある」
いつも守られてばかりのヒナタは、こういう時、どうすればいいのかが分からない。そんなこと、考えるまでもないのに……答えは決まりきっているというのに。むしろ自分こそ、こんなにも綺麗な人に、抱えきれないくらいの想いを注いで貰って、そんな贅沢過ぎる毎日が、恐ろしくなることさえある。
――大切な彼に、どうすれば想いを返せるだろうか?
自分がされて安心することは、他の誰かにとっても同じなのかもしれない。
ネジは、真っ直ぐにヒナタを好きだと言ってくれる。ヒナタもネジが好き。ならば自分が彼にして貰って嬉しいことは、同じように喜んで貰えることなのだと、信じて行動してみることにした。
「ネジ兄さん……こちらへ、来て下さい」
整えられた布団に潜ると、明かりの下で本を読むネジに手招きをする。それから一人分の隙間を開けて、片方の腕で掛け布団を捲り、もう片方の腕は真っ直ぐに伸ばして横たえた。ネジの方を見遣れば、畳んだ本を力なく持ったまま、細く長い髪をくしゃりと掻き乱していた。その表情はどこか呆れているようにも見えたが、今更引き下がる訳にもいかなくて、もう一度声を掛けた。
「ほら、ここに、頭を乗せて? いつも腕をお借りしているので、今夜は私の番です……ねぇ、早く」
「本当に、あなたと言う人は……」
ネジは顔に掛かった髪を背中に流すと、ヒナタの隣にゆっくりと横になった。そしてヒナタの目論見通り、横たえた腕の上に、頭を乗せてくれた。
「……低い。高さが足りない。心許なくて、かえって眠れなさそうだ」
目の前で文句を言う口は、幾らかほころんでいるように見えた。その唇をそっと塞げば、より一層、口角が上がったような気がした。あまりにもいとおしかったので、腕の中にぎゅっと包み込んだ。ネジの大きな体を、収めきることは出来なかったけれど――。
あたたかくて、幸せで、この柔らかな時間を、絶対に失いたくないと思った。
「……あなたの隣は私の場所ということで、間違いないですね?」
「もちろんです」
「ならば、私の隣もあなたの場所で間違いありません。これは揺るぎない事実です。あなたがどう思おうと変わりません。ですから、いつでもこの腕に甘えて下さい」
「いや、それはどうだろうな……オレには華奢過ぎて、少し、頼りないかな?」
「気持ちだけは、決して負けていませんよ」
「そうですか?」
「ええ、そうです。だから安心して下さい」
「……はい。でも、何だか落ち着かないな。やはり逆がいい」
結んだ腕を優しくほどけば、すかさず体勢を変えたネジが、ゆっくりと抱き締めてくれた。今にも泣き出しそうなくらいに切なくなった。
――あなたの隣の場所は、私だけに唯一許された、大切な宝物だから……。
――誰にも、譲ってあげない。決して離したりしない。
大きな腕の中で、ヒナタはまたしても、すぐに眠くなってしまった。
微睡みながらも、唇に触れた唇の感触だけは、鮮明に心を揺すった。
何度でも触れて欲しいと、心底思いながら眠りについた。