2017.01.01更新
……四歳の誕生日はひとりぼっち。
晴れているのに雪が降っています。
それを「風に花、と書いて『かざはな』と呼ぶのよ」と教えてくれた母は、今日は傍にいません。同じく父もいません。
病弱な母のお腹に新しい命が宿っています。
それからというもの、わたしの両親はきょうだいにかかりっきり……特に父からはまったく興味を持たれなくなりました。
忍の名門・日向一族に長女として生まれて、才能に恵まれなかったわたしはそうされて当然です。
「そんなことない……ふたりとも同じくらい愛しているよ」
温和な母はそう言ってくれるのですが、厳格な父はどうなのでしょう――分かりません。
「弱い者は淘汰される。それが忍の世界というものだ」
……酷烈な声で云う言葉の裏には、すなわちお前はこの世界には必要ない。との本音が透けて見えて、わたしの心は劣等感でいっぱいになりました。
広い縁側で空をあおげば……ひらひら、ひらひらと舞い降りる風花が、眩しいほどに儚く視界をさらいました。
さみしい――。
ぽつりと頬を打ったのは、溶けた雪のかけらではありません。生温かくてぴりりと辛い……
わたしはそれを母があつらえてくれた着物の袖で拭いました。汚したらきっと、また父に叱られるのだろうと怯えながら。
その間にも容赦なく散り初める雪の華……。
冷たくて、ひどく心に沁みました。
……それからどれほどの時間が経ったでしょう。
白花色の着物の袖が、しっとりと濡れて藤色に色づく頃。
玄関を遠慮がちにノックする音が聴こえました。
そうなんです。
ひとりでさみしいとき、わたしには唯一支えてくれる人がいます。
こういうとき、わたしには必ず寄り添ってくれる人がいるんです。
わたしはすぐに玄関に向かいました。わずかな時間ももどかしく、走って彼の元へ向かいました。
そう、そのひとは……
わたしの、大切な――
「ネジ兄さん」
名前を呼べば、そしてその姿を目に入れれば……わたしは忽ち笑顔になります。
へたくそだけれど、
最大限の笑みをもって彼を迎えれば――
「ヒナタ様」
どこまでもやわらかな、わたしの大好きな声が聴こえました。
わたしがわらえば、彼もわらう。
いつしか、それは抗いようのない法則になっていました。
ネジ兄さんは両手を後ろに組み、どこか落ち着きのない様子です。わたしは待ちきれずに声をかけました。
「会いにきてくれたのですか? うれしい!」
すると尚もそわそわしたままの彼が、
「はっはい……。今日は、ヒナタ様のお誕生日なので、こっこれを……」
ぎゅっと握りしめた手を背中から差し出してくれたので、そっと両手で受け取りました。そうしたら――。
そこには、白い花びらが太陽のように円を描く、可憐なノースポールの花が在りました。
「あの……。これは?」
おずおずと問えば、手の平を上に向けていた左手を、反転させられて……。
それから、ゆっくりと慈しむように――薬指に、真っ白な花が咲きました。
もう、声にならなくて、さっき収まったはずの涙が、瞬く間に溢れ出しました。
……しばらくの沈黙ののち、兄さんはいつになく凛とした顔つきで言いました。
「オレなら……。オレが家族なら……こんな風に、あなたにさみしい思いはさせないのに。今は難しくても……大人になって、立派な上忍になったら、必ず攫いにくるから……だから待っていてください。オレが、生涯をかけてあなたを守り抜きます」
嬉しくて嬉しくて――胸がいっぱいになって砕け散る音。それは、どこまでも清白で綺麗な音。
きらきらと光り耀く心緒で、わたしは思わず彼を抱きしめました。
「ありがとうネジ兄さん……」
温かくて温かくて――心が洗われるように澄んでゆきました。
――兄さんがくれたノースポールの指輪を、枯らして、失いたくなくて……。
――生まれてはじめて押し花を作りました。
『花としての生涯を終え……たとえ色褪せたとしても、あなたがくれた想いごと、いつまでも大切にすると誓って』
白い額縁に入った花は……二十歳になった今も、私の部屋で嫋やかに咲いています――。
そしてその隣には、あなたとあなたが守ってくれた、大切なひとの写真を飾っています。
太陽のように明るい笑顔の彼と、照れてはにかむ十八歳のあなた。そんなふたりの綺麗な写真。
――約束は果たせなかったけれど、わたしの心には、いつもあなたが居ます。
そう。あのとき抱きしめ返してくれた腕の痛みが、今も尚忘れられずにいるのです。
だけどね……。
――ネジ兄さん。あなたに逢えて、わたしは生涯しあわせです。